風邪の治療について
風邪をひいて小児科を受診すると、たくさんのお薬を処方されることが多いと思います。咳止め(アスベリン®など)、痰や鼻水の薬(ムコダイン®やムコソルバン®など)、アレルギーの薬、気管支拡張薬(ホクナリンテープ®など)、ときには抗菌薬を出されることもあるかもしれません。これらの薬は風邪の治療にどれほど効果があるのでしょうか。
- 咳止めや去痰薬の効果は限られています。昔から使われている薬ですが、風邪の治療に有効であるというエビデンス(科学的な根拠)はありません。なお、リン酸コデイン(コデインリン酸塩)というお薬は強力な咳止め効果がありますが、呼吸抑制などの副作用が強いため、12歳未満の小児に使用してはいけません。
- 鼻水に対してアレルギーの薬を出されることがあります。アレルギー性鼻炎による鼻水には効果がありますが、風邪の鼻水には効果は期待できません。薬の種類によっては、眠くなったり、けいれんを起こしやすくするなどの副作用があります。
- 気管支拡張薬のテープは気管支喘息発作による咳には効果があるかもしれませんが、風邪による咳には無効です。動悸や手のふるえなどの副作用もあります。
- 抗菌薬(抗生物質)は細菌感染の治療薬です。風邪の原因となるウイルスには多くの種類がありますが、ウイルスに対して抗菌薬はいっさい無効です。風邪をこじらせて肺炎になるのを予防するために抗菌薬を処方されることがありますが、効果は非常に限られています。
それでは、風邪の症状に対して有効な治療法はあるのでしょうか。
- 風邪の原因であるウイルスそのものに有効な治療薬はありません(インフルエンザは例外です)。
- 発熱や頭痛に対しては、カロナール®などの鎮痛解熱薬が有効です。効果は数時間ほどでなくなりますが、高熱がつづいてつらいときは1日3~4回まで使用可能です。
- 鼻水や痰に対しては、鼻かみ・うがいを励行してください。小さいお子さんの場合は、電動吸引器も便利です。これから購入するのであれば、ハンディなものよりも、据え置き型のものをおすすめします(ネットで1万円あまり)。
- 咳に対しては、ハチミツが有効です(1歳以上の場合)。ヴィックスヴェポラッブ®は昔からある市販薬ですが、寝る前に胸に塗っておくと、体温で蒸発した薬剤を吸入することによって、睡眠中の咳や鼻づまりをやわらげてくれます。痰がらみの咳に対しても、乾いた咳に対してもうがいは効果があります。うがいのできない小さいお子さんが痰がらみの咳で眠れないときは、水分(水、お茶、ミルク、母乳)をとって、のどにからみついたねばっこい痰ごと飲み込んでもかまいません。このほか、加湿器を使用してお部屋の湿度を保つことも重要です。
胃腸炎について
- 冬から春にかけて胃腸炎が流行します。この時期の胃腸炎のほとんどはウイルス感染によるものです。突然の激しい嘔吐が数時間つづき、嘔吐が落ち着いてくると下痢がはじまることが多いです。38℃台程度の発熱を伴うこともあります。冬の初めはノロウイルス、春が近づくとロタウイルスの流行が多くみられます。ノロウイルスは嘔吐の症状が強く、ロタウイルスは下痢が長びくことが多いといわれます。O-157などの病原性大腸菌、カンピロバクター、サルモネラなどによる細菌性胃腸炎は、ウイルス性胃腸炎とやや異なり、腹痛や下痢、血便、発熱などの症状が強くみられます。
- 吐き気が強いときは水分をとってもすぐに吐いてしまうことが多いので、のどが渇いてもうがい程度にしておくほうが安全です。強い吐き気は数時間でおさまることが多いので、吐き気が落ち着いたら、少しずつ水分を再開します。はじめは1口2口から開始し、10~15分おきに少しずつ増やしていきます。水やお茶よりも、OS-1®などの経口補水液やイオン飲料のほうが低血糖や低ナトリウムの予防になります。薄めたリンゴジュースやゼリーもおすすめです。強い吐き気がつづくときは、ナウゼリン坐薬®などの吐き気止めを使うこともありますが、無効なことも多く、副作用も多いためおすすめしません。
- 下痢はお薬で止めないのが原則です。下痢で失われる水分は口から補充して、おしっこがしっかり出ていることを確認してください。腸内細菌のバランスを整えるのに整腸剤は有用ですが、即効性はありません。食事については、脂っこいものを避ければ、基本的にふだん食べているものでかまいません。赤ちゃんは母乳やミルクを続けてください。ミルクを薄めたり、イオン飲料などを追加したりする必要はありません。おしりがかぶれたときは、亜鉛華軟膏®やアズノール軟膏®で皮膚を保護します。
- 胃腸炎のウイルスは感染力が強いため、保育園や家庭内での集団感染が問題になります。室内で嘔吐したり便を漏らしたりしたときは、ハイター®などの塩素系漂白剤が有効ですが、人体には使用できないため、石鹸での手洗いが重要です(アルコール消毒は胃腸炎のウイルスには効果がありません)。下痢は1~2週間つづくことも多いため、完全によくなるまで登園しないのは現実的ではありません。ウイルスは長期にわたって排泄されますが、便を漏らして感染源になるおそれがなくなれば登園可能と考えます。
- 受診の目安としては、
- 嘔吐が半日以上つづいて水分がとれない
- 尿が半日以上出ていない
- ぐったりして反応がにぶい
- 手足が冷たく皮膚の色が悪い
などの症状があれば、急いで受診してください。赤ちゃんや小さいお子さんは脱水や低血糖をおこしやすいので、とくに注意が必要です。
インフルエンザの診断と治療
- インフルエンザの診断は、症状と流行状況、予防接種の有無、迅速検査の結果などから総合的におこないます。インフルエンザに限らず、RSウイルスや溶連菌などの迅速検査の感度は、一般に信じられているほど高くはありません。病気の診断は医師の責任でおこなうものであり、迅速検査は参考所見のひとつに過ぎません。
- たとえば、ふだん健康な中学生が、インフルエンザの流行期に突然の高熱と咳・鼻水、全身の倦怠感を訴えて受診した場合、迅速検査が陰性であってもインフルエンザの可能性は高いです。家族がすでにインフルエンザと診断されている場合も、あえて迅速検査をおこなう必然性は乏しいです。
- 予防接種をおこなっている場合や、症状がはっきりせず診断に迷う場合は、迅速検査の結果が参考になります。「陽性」の場合はインフルエンザの可能性が高いですが、「陰性」でもインフルエンザの可能性は否定できません。
- インフルエンザの治療薬には、タミフル®(ドライシロップあるいはカプセル)、リレンザ®(吸入薬)、イナビル®(吸入薬)、ゾフルーザ®(錠剤あるいは顆粒)などがあります。このほか、麻黄湯®(まおうとう)などの漢方薬を使うこともあります。
- インフルエンザはお薬を使わなくても数日の経過で自然に治る病気です。お薬を使うと1日~1日半ほど解熱が早まるとされています。もともと健康なお子さんなら、インフルエンザの治療薬は使わず、解熱薬だけで様子を見てもかまいません。
- タミフルの副作用として、小さいお子さんでは嘔吐がみられることが多いです。吸入薬は気管支攣縮(れんしゅく)の可能性があるため、喘息のあるお子さんには使わないほうが安全です。タミフルを内服したお子さんの異常行動が問題になりましたが、内服の有無にかかわらず、インフルエンザそのもので異常行動が起こる可能性があるため、解熱するまではお子さんから目を離さないようにしてください。
- タミフル®とリレンザ®は1日2回の内服あるいは吸入を5日間おこないます。イナビル®は1回だけの吸入、ゾフルーザ®は1回だけの内服です。ゾフルーザ®は2018年に発売されたお薬ですが、小児においては効果、副作用とも評価がまだ定まっておらず、薬剤耐性ウイルスの報告もあるため、現時点ではおすすめしません。
発熱時の対応
- 発熱時の対応は、年齢と症状によって異なります。生後1か月未満の赤ちゃんが熱を出したときは、夜間や休日でもすみやかに受診してください。生後3か月未満の赤ちゃんの場合も基本的には同じです。できるだけ早めの受診をおすすめします。
- 生後3か月以上で、発熱に気づいてから時間がたっておらず、ほかに症状がなく元気であれば、夜間に急いで受診する必要はないことがほとんどです。ただし、けいれん、意識がおかしい、呼吸が苦しそう、ぐったりしているなどの症状があるときは、すみやかに受診してください。
- 自分で症状を訴えることのできるお子さんの場合は、元気があれば急いで受診する必要はありません。市販の解熱薬を使うときは、アセトアミノフェン(商品名はさまざまです)を使ってください。赤ちゃんの体温は周囲の環境の影響を受けやすいため、解熱薬を使わなくても、薄着にして室温を調整するだけで体温が下がってくることも多いです。
赤ちゃんの発熱と細菌感染症
- 生後3か月未満の赤ちゃんの発熱については特別な対応が必要です。血液検査や尿検査、髄液(ずいえき)検査をおこない、入院のうえ抗菌薬の点滴などで治療することも多いです。
- 発熱の原因としては、RSウイルスなどのウイルスによる呼吸器感染症が多く、入院しても特別な治療を必要とせず、自然によくなることも多いです。ただし、生後3か月以上の赤ちゃんと比較すると重症細菌感染のリスクが高く、急激に症状が悪化することがあります。
- 感染してもはっきりした症状が現れないことが多く、「何となく元気がない」「母乳の飲みが悪い」「手足が冷たく色が悪い」などの症状から感染を疑います。
- 細菌感染症のうち、比較的よくみられるのが尿路感染症(うんちの中の大腸菌などの細菌が尿道から侵入して腎臓に感染し発熱する)です。細菌性肺炎や菌血症(血液中に細菌が侵入する)もときにみられます。細菌性髄膜炎(脳や脊髄をおおう髄膜という薄い膜に細菌が感染する)は重症感染症のひとつですが、ヒブや肺炎球菌などの予防接種の普及によって激減しました。
- 重症感染症を予防するためには、スケジュールどおり予防接種を受けることが大切です。
鎮痛解熱薬(痛み止め、熱冷まし)の使い方
- 小児に使ってよい鎮痛解熱薬はアセトアミノフェン(商品名はカロナール®、アンヒバ坐剤®など)です。5歳以上のお子さんにはイブプロフェン(商品名はブルフェン®など)を使うこともあります。アスピリン®、ロキソニン®、ボルタレン®などは使ってはいけません。小児用バファリン®などの市販薬を使うときは、有効成分がアセトアミノフェンであることを確認してください。
- アセトアミノフェンは体重1kgあたり10mg程度使います(10kgのお子さんだと1回100mg)。高熱のときや痛みの強いときはもう少し多めに処方することもあります。
- 1日の使用回数は、6時間程度あけて1日3回までにしてください。
- のみ薬(内服薬)と坐薬の効果はおおむね同じです。のみ薬の苦手なお子さんや、嘔吐があって内服がむずかしいときは坐薬を使い、のみ薬が問題なくのめるお子さんや、下痢をしていて坐薬を使いにくいときはのみ薬を使ってください。
- アセトアミノフェンは比較的安全性の高い薬ですが、誤って大量に内服すると肝機能障害などの重い副作用を起こすことがあるので、すぐに受診してください。
溶連菌感染症
- 発熱とのどの腫れ・痛みがおもな症状です。首のリンパ節の腫れ、吐き気や腹痛、ガサガサした赤い皮疹などがみられることもあります。咳や鼻水などの風邪症状は通常みられません(たまたま風邪を合併することはあります)。溶連菌はとびひや蜂窩織炎(ほうかしきえん)などの皮膚感染症の原因にもなります。
- 溶連菌咽頭炎(いんとうえん=のどの炎症)は5歳以上に多く、3歳未満では少ないとされています。乳幼児では迅速検査で「陽性」であっても、たんなる「保菌(=菌がいるだけ)」であって、「感染(=菌が悪さをしている)」ではないことが多いです。
- 治療は抗菌薬(アモキシシリン)を10日間内服します。通常1~2日で解熱します。治療を開始して24時間たてば、感染力はほとんどなくなるので、元気であれば登校(登園)可能です。
- 抗菌薬を内服する理由のひとつは「リウマチ熱」という心臓の合併症の予防ですが、日本ではほとんどみられなくなりました。腎臓の合併症(急性糸球体腎炎)も多くはありませんが、発症すると血尿や蛋白尿、むくみ、高血圧などの症状がみられます。血尿や蛋白尿のチェックのため、治療後に検尿をおこなうことがあります。腎臓の合併症は抗菌薬を内服しても予防できません。
- アデノウイルスなどのウイルス感染でも溶連菌咽頭炎と同じような症状がみられます。ウイルス感染には抗菌薬は効かないので、鎮痛解熱薬で対処します。
抗菌薬とは
- 抗菌薬(抗生物質や抗生剤もほぼ同じ意味です)は細菌感染症の治療薬です。細菌とウイルスはさまざまな病気の原因になりますが、両者はまったく別の病原体です。
- ふつうの風邪や大部分の胃腸炎はウイルス感染が原因です。そのため、抗菌薬を使ってもまったく効果がないばかりか、下痢などの副作用や薬剤耐性菌の蔓延(まんえん)をもたらします。
- 「抗生物質をのんだので風邪が早く治った」ということはありえません。抗菌薬をのまなくても、通常1~2週間で風邪は自然によくなります。ただし、風邪のウイルスは非常に種類が多いため、治りかけた頃にほかのウイルスに感染して症状が長引くことはあります。
- 風邪をこじらせて肺炎になってしまうことはありますが、「念のために」抗菌薬を使っても肺炎を予防することはほとんどできません。肺炎を予防するためには、肺炎球菌ワクチンなどの予防接種を確実におこなうことが大切です。
- 小さいお子さんの肺炎は、RSウイルスなどのウイルス性肺炎であることも多く、当然のことながら抗菌薬は効きません(ただし、入院を要するなど重症の場合は、細菌との混合感染の可能性を考えて抗菌薬を使用することもあります)。
抗菌薬の使いかた、副作用、薬剤耐性菌
- 抗菌薬には多くの種類があります。多くの細菌に効果をもつ抗菌薬もあれば、限られた種類の細菌にしか効果をもたない抗菌薬もあります。多くの細菌に効果をもつ抗菌薬がすぐれた抗菌薬かといえば、必ずしもそうではありません。治療のターゲットとなる病原菌だけを殺し、殺す必要のない細菌(人体の常在菌)はできるだけ殺さない抗菌薬を選ぶのが、抗菌薬の正しい使い方です。そのため、病気の種類(病原菌の種類)によって、使う抗菌薬も変わってきます。
- 抗菌薬は病原菌だけでなく、たとえば腸内細菌のなかで人体にとって有益ないわゆる善玉菌も殺してしまうため、副作用として下痢が多くみられます。このほか、皮疹などの薬剤アレルギーは、抗菌薬にかぎらず、どのようなお薬でも出現する可能性があります。
- 最近、薬剤耐性菌の増加が世界的に問題となっています。薬剤耐性菌とは、抗菌薬に対する耐性を獲得することにより、もともと効いていた抗菌薬が効かなくなった細菌のことです。薬剤耐性菌が増加した原因のひとつが、抗菌薬の不適切な使用です。抗菌薬の不要なウイルス感染症に「念のため」に抗菌薬を処方したり、処方された抗菌薬を勝手に中止したりするのが、抗菌薬の不適切な使用です。
- 薬剤耐性菌は本人のみならず、周囲にどんどん広がって増えていくため、細菌感染症の治療が非常に難しくなっています。ほとんどの抗菌薬が効かない高度の薬剤耐性菌によって亡くなる人もいます。小児科の領域では、たとえばマイコプラズマ感染症の治療に用いられるクラリス®、ジスロマック®などの抗菌薬が効かないことが増えています。さらに、抗菌薬の開発には長い年月と莫大な費用がかかるため、新たな抗菌薬を作り出すのは容易ではありません。